あなたに残って欲しいんだよ。

たーこいずです。

 

昨日の続き。

 

簿記子が事務所を出て行くのを、給湯室のドアの隙間から見ていた私。

 

しかし、恐怖心と自己嫌悪で思い悩み、しばらく事務室には戻れなかった。

 

そのうち、駐車場側の窓が車のライトで光った。

 

誰だろう。簿記子が戻ってきたのか?

 

私は給湯室のドアを半分しか開けないままで、玄関を窺った。

 

現れたのは、支店長が他県から引っ張ってきた、技術者の社員だった。

 

私の2ヵ月ほど後に中途入社して来たその彼は、まだ自分の担当する

 

現場がその時は始まっていなかったので、他現場の手伝いをしていた。

 

事務作業は、支店の机でしていたので、夜、事務所に来ていたのだ。

 

彼は私を見るなり、苦笑いを浮かべながら、

 

｢今朝早く支店長から電話があったよ。すごい勢いで。｣

 

と言った。そして、簿記子は何をやらかしたのか、と訊いてきた。

 

私は、事の次第を話した。

 

支店長は、彼に簿記子が(どういう意図でか知らないが)、一緒にこの

 

会社を辞めましょう、と唆した事が、事実なのかを確かめてきたという。

 

なるほど。私は少し感心した。感情的になってるようで、けっこう冷静に

 

裏を取っていたわけだ。

 

彼は、口裏合わせてあげたんだから、飯付き合え、と誘ってきた。

 

口裏合わすも何も、事実なんだし、私は反論した。

 

｢話溜ってるんでしょ、聞いてやるから。｣

 

上から目線が気になったが、しぶしぶファミレスに付き合う事になった。

 

彼は遠方の出身で単身赴任なため、私は警戒していたのだが、単に

 

心配してくれていただけだった。

 

彼は、私に、やっと仕事もできるようになってきたし、会社に残っては

 

どうか、と言ってきた。現場や業者さんからも、事務所はキレイにしてるし、

 

事務員さん感じが良いし、って評判なのに、と。

 

無理無理今更。支店長にすぐにでも辞めろ、的に言われてるし、と私。

 

あなたね、支店長すぐ怒鳴るけど、あなたに仕事のやり方で怒鳴った事、

 

ないんじゃないの、怒鳴るのってあなたが辞めるって言ったからじゃない、

 

あなたに残って欲しいんだよ。

 

心が弱っていた私は揺らいだが、彼に決定権はないし、辞めるしかないのだ。

 

私はその後、仕事の傍ら、業務マニュアル作成をして、後任決定を待った。

 

しばらくして、ハロワ募集でいい人が見つかり、引継ぎも終わり、私は

 

円満に辞める事が出来た。次の仕事も、派遣だが決まっていた。

 

こうして20年ぶりの正社員生活は、僅か7ヵ月で終了した。

 

1年以上経ったある日、知らない番号から私の携帯に着信があった(続きます)。